第39話 「あの微笑はもう還らない!」
第40話 「さよなら、我が愛しのオスカル」
オスカル達は弾丸の嵐の中、強行突破を敢行してテュイルリー広場に到着し、集まってきた使えない医師団から「アンドレの救命は無理!」宣言をされるが、オスカルとアンドレはしばらく語り続ける。「この戦いが終わったら、田舎の小さな教会で結婚式を挙げて神の前でわたしを妻にすると誓ってほしい。」「もちろんそうするつもりだよ。全てはこれから始まるのだから。死んでたまるか。」「いつかアラスへ行った時に2人で見た日の出をまた見よう。」そこでアンドレの見開いた右目がまばたきをしなくなり、「アンドレ!私を置いていくのか!」とオスカルの号泣する声が響き渡る。この2人のやり取り、どちらかが逝こうとしている恋人達の会話としては至極普通だと思う。指揮官と侍従ではなく、愛し合う男女の会話なのだ。
だが、原作だと瀕死のアンドレは、被弾した自分を支えて戦場を離れるオスカルを「指揮を続けろ!隊長がなぜ戦闘現場を離れる!」と叱咤しており、オスカルが指揮官として立ち続ける事を望んだ。しかし「ああそうだ!なぜ?なぜわたしは女だ?こんなにも・・指揮さえ続けられないほど、どうして女だ? 」と聞き入れられず、さらに失明がバレて逆上されるが、最後に所望した水をオスカルが汲みに行っている間に、アランとベルナールに看取られた。一方で「 ときはめぐりめぐるとも、いのち謳うものすべてなつかしきかの人に、終わりなきわが想いをはこべ、わが想いをはこべ。ああ青い瞳その姿は、さながら天に吼ゆるペガサスの心ふるわす翼にもにて、ブロンドの髪ひるがえし、ひるがえし・・ 」と息絶え絶えに歌を口ずさんでおり、恋人オスカルへの想いも十二分に伝わってくる最期だった。
アンドレは死後も尚、オスカルの心に生き続け、生前より強烈な光を放ち、オスカルを狂わせる。
まずはアニメ版。アンドレの遺体が安置された小さな教会の玄関前に、1人肩を落として腰掛けているオスカルに、「朝までには、みんなの前に顔出してくれよな。すべては、これからなんだからよ。」と精一杯の譲歩をしてアランは去る。直後に咳き込み喀血したオスカルは、フラフラと路地裏に入り込み、待っていた愛馬で走り出すが、見張りの兵士に見つかり発砲され、愛馬が倒れる。「謀反を起こした衛兵隊の女隊長だ、捕えろ!」と兵士たちが集まってくるが、剣を抜いたオスカルが泣いているのに気がつき、腰が引ける。絶叫してから、「愛していました。アンドレ。おそらく、ずっと以前から。気づくのが遅すぎたのです。もっと早く、あなたを愛している自分に気がついてさえいれば、2人はもっと素晴らしい日々を送れたに違いない。あまりに静かに、あまりに優しく、あなたは私のそばにいたものだから、私はその愛に気がつかなかったのです。アンドレ、許してほしい。愛は裏切ることより愛に気づかぬ方がもっと罪深い。」泣きながらこう語り、怪訝そうな兵士からの攻撃をやり過ごし、逃げ切った先で、「アンドレ、答えて欲しい。もはや全ては終わったのだろうか。」非戦闘時ではあるが職場放棄はするし、馬は犠牲になるし、敵からはキチガイ認定されて散々なのだが、アンドレへの思いを切々と語り、正気と狂気の境を彷徨うオスカルは圧巻だ。で、オスカルがこうしている間に、アランとベルナールら民衆は、バスティーユ攻撃を決定していた。朝、おそらくかなり遅い時間、路地裏で寝落ちしていたオスカルは、バスティーユを目指す民衆の声で目を覚ます。「オスカル!こんなところで何をしている!誰もが銃をとり、戦うためにバスティーユに向かった!だが、きみが率いる衛兵隊はまだ広場だ!広場で隊長を信じて待っている!」そうオスカルに語りかけた衛兵は、アンドレの姿でアンドレの声だった。が、直後に「隊長!」と呼んだのはアランだった。「あんたと共に戦おうと、皆あんたの帰りを待っている。」ここでようやくオスカルは正気に戻り、元衛兵隊と共に民衆の前に現れ、大砲の操作を引き受け発砲が始まる。が、オスカルは前列で指揮をとっていたため、まもなく相手指揮官にロックオンされて一斉射撃の標的になり、倒れた。全身を地面に預ける直前、オスカルの視界は空を飛ぶ一羽の鳥を捉えていた。「アンドレ・・。」路地裏に横たえられたオスカルは、一時正気に戻り、アラン達に喝を入れ戦線に復帰させるが、その後は「アンドレ・グランディエの妻になった」時の光景を脳裏に浮かべ、「アデュー」と呟いて、アンドレの幻と共にこの世を去った。
原作でもオスカルは、アンドレの死に激しく動揺し、「撃て!私を撃て!お願いだ、撃ってくれ!」と腕を広げて駆け出すが、おそらくまだその辺にいたアンドレの魂が「 武官はどんな時でも感情で行動するものじゃない」と立ちはだかる。しかし「けれど人間だ!人間だ!」と反論したオスカルは「いっそこの胸をえぐりとってくれ!わたしを石にしてくれ!さもなくばくるわせてくれ!」と崩れ落ちる。その後は朝までオスカルがどう過ごしていたかは描かれていない。が、かなり朝寝坊だったアニメ版と違い、朝にはとりあえず正気に戻っていた。ところが、出発時にいつものように「アンドレ、行くぞ!用意はいいか?」と言ってしまってから「そうだった。本当に行ってしまったのか。もう二度と、ふたたび、そのほほえみも、その声も。答えてくれ!そんなことが、うそだ!ああ、そんなことが!胸の鼓動をかさね、この私をあんなにも力強く抱きしめたのはお前ではなかったか?私の体の中をあんなにもくるおしく熱く駆け抜けていったのはお前ではなかったか?喜びを共にし、苦しみを分かち合い、近く近く魂を寄せ合い、それなのに行ってしまうのか。わたしをひとりおいて!わたしの心臓の半分を、わたしの半分を、もぎとり、ひきちぎり、それでもなお生きよと神はのたまうか! わたしは死んだ。お前の死とともに」と号泣する。まさかこの台詞、隊員達に聞こえるように言ったんじゃないでしょうね!しかも朝から!とは思うが、その後は有能な指揮官に戻り、獅子奮迅の活躍を見せる。しかし、前列で撃ってくれと言わんばかりの無防備な状態で指揮をとるという、アニメ版と同じ間違いを犯して撃たれる。そしてアラン達により治療のできる安全な場所を目指して搬送される途中、アニメ版同様「降ろしてくれ」「アンドレが待っているのだよ」とみずから延命を断念した。「忘れるな、オスカルはおまえなしには生きられん。 おまえはあれの影になれ。光あるかぎり存在をかたちづくる影となって無言のまま添い続けるがいい。」影を失った翌日、光は光り続ける事をやめた。原作での父のこの言葉は、見事に娘の死亡フラグになったわけだ。
すっかり長くなってしまった「アンドレの軌跡」。原作初期では、主人公のオスカルが身近にいるアンドレに考えや感情を語る事で、読者がオスカルを理解しやすくなっていたと思うが、ただそれだけという立ち位置だった。が、連載中に主人公グループの一角にのし上がり、アニメ版でさらに存在感を増した。そんなアンドレを追っていると、新しい発見や感動が泉のように湧いて来るのだ。